27 2 / 2012
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見えないものを書いた文章、 いっぱい書いてから削り込んだ文章というのは、 「見える」部分だけを記述した文章よりも力を持つし、 ソーシャルブックマークみたいな「集合知」を実体化した何かというのは、 そんな「見えない部分」をも「見て」「査定して」、それを序列化することに成功しているのだと思う。
リアルを背負った世界観は、別の世界観を引き寄せる。
それはもっと面白い世界記述を行っている人であったり、 あるいは実世界で面白いことをしている人であったり。記述を続けた世界観は、 やがて自身を語る名刺として一人歩きをはじめて、いろんな人と知りあいになれる。
それをやるには量が必要で、「質」というのは、 量が担保されてはじめて問われる、むしろ副次的なもの。
自分の経験では、ある種のリアルさを持った文章を、できれば200本。40万字。 それには1年かかるし、リアルだからこそ「一発逆転」は望めなくて、 どんなに才能あふれた人であっても、 やっぱり「下積み期間」に相当するものはスキップできない。
もっと面白い人に出会いたい。
もちろん見つけられないのは自分の怠慢なんだけれど、 その人の「顔」を認識するためには、あるいは文章が顔を持つためには、 やっぱり「量」は欠かせないのだと思う。
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